人生を何にかけるのか?


こんにちは!大田です。

現在、アゼルバイジャンからジョージアへ夜行列車で移動中です。何と12時間もかかるのですが、その中で、不意に司馬遼太郎さんの竜馬がゆくを読み直そうという気になったので、読み直そうしたところ、非常に考えらせらせる多くの言葉があったので、自分の頭の整理もかねて文章化したいと思います。

この竜馬がゆくという、作品なのですが、説明するまでもないとは思いますが、軽く説明すると、土佐藩に生まれた坂本龍馬という青年が、幕末から明治維新までを駆け抜けて行くような物語です。

読み物としても非常に面白く、かの有名なソフトバンク社長・孫正義が若い時にこの本に感銘を受けてアメリカにいき、その後も何かあるごとにはこの本を読み直しては、初心に帰っていたと言います。

自分はこの本を何年か前にKindleで買っていたのですが、小説が苦手な自分はなかなか読めていませんでした。

しかし、本というものはいつかスッと入ってくる時期が自然にあるようで、今回は何時間かかったかはわかりませんが、一気に一巻を読みきっていて、あまりの面白さに鳥肌立つ言葉があったので、いくつか紹介したいと思います。

吉田松陰の教え

 

『学問も大事だが、知ってかつ実行するのが男子の道である。詩もおもしろいが、書斎で詩を作っているだけではつまらない。男子たる者は、自分の人生を一編ににすることが大切だ。楠木正成は一行の詩も作らなかったが、彼の人生はそのまま比類のない大詩編ではないか。』

 

この言葉は作中で、長州藩の桂小五郎が吉田松陰に教わったことだとして、できたものです。

マジでかっこいいですよね。自分の人生を通してやってきたもので、小説を作るんですよ。

自分が死んだ後、自分の生涯が書かれた伝記を考えたらわかりやすいかもしれません。

『自分はどんな人間であったと言わせたいのか。』

『自分の人生をかけて何を成し遂げることができたのだろうか。』

人生に迷った時にはこれを考えようと強く思いました。

自分は何を成し遂げたやつだと言って死にたいのか。

そして、僕は何かな〜って考えました。

これはずっと前からいろんな人に言っていることなのですが、自分はもっと楽しそうな人が増えてほしいですね。今の時代って先代の人のおかげでこんなにも豊かになって、安全にもなって、やりたいことはやろうと思ったら割となんでもできて、

なのに、なんでこんなにも楽しそな人が少ないのかと素直に思うんです。特に日本。なので、楽しい人を増やすために自分は生きたいなって感じですね。他にもたくさんあるんですけど。これは変わらないんですね。

まーいろんなこと思い付きでやっちゃうと思うんですが、ここはブレないですね。

金がない奴には金をやる

竜馬 『全部で、50両ある。俺は幸い、金に不自由のない家に育った。これは天の運だ。天運は人に返さねばならぬという。俺の方はあとで国もとに頼みさえすればいくららなりとも送ってくれる。このうちの半分を持ってゆけ』

これは竜馬が江戸に行く際に、金のない岡田以蔵を助ける場面です。岡田以蔵はなんとしも受け取りたくないといったのですが、それなら自分を殺して持っていけとまで言い渋々合意し、頭を下げました。その後

『わかってくれたのはありがたい。しかしたかが金くらいで、武士が頭を下げるなどは薄みっともないことだし、礼を言われている俺の方も恩を売っているようでいい図ではない。互いにこの場の茶番にして忘れてしまおう。』

というのです。

そしてその後、この岡田以蔵が風俗にそのお金を作っていたということがわかったのだが、それを聞いた竜馬は、以蔵の身になって笑い出したそうです。原田立つよりも自分が酒風呂を飲んで陽気になった気分で笑っているというのです。

これは本当に面白い。自分を含めて、日本は極度の拝金主義です。お金持ちすごい!と思ってしまいます。

お金に関する執着心は本当にすごい。これは中々変えられない。しかし、この考えから抜け出す方法が面白くて、それはお金を稼ぐことなんです。

ある程度のお金を持つ人はみんなお金より時間が大切といい。バイトなんかするなと言います。しかし、お金がないうちはそんなこと言ってられません。毎日明日どうしよーっと思わないといけないですからね。

なので、まずは働かなくてもお金には困らないって状態を作らないとなんですよね。するとお金の価値ってそんなないなと思ってくるんだと思います。自分も東京でたくさんの金持ちを見て来ましたが、金持ちでもかっこ悪いやつはいっぱいいます。だから金じゃないんですよね。本当に。

そして、もう一つはベーシックインカムですね。これによって日本は拝金主義からの脱却ができるんじゃないかと思っています。

 

日本は目を覚ますべき

竜馬は、長州藩の偵察に行った際に桂小五郎という男に会った。そして、桂小五郎は、わずか20代で身分も高くない武士が、藩の組織を根本的に改造せよ、というようなことを殿様に建白していたことを聞き、としても感心した。

竜馬『桂さん、あなたの藩には、あんたのようなお人がたくさんおられますか』

桂『いません。長州は皆眠っております。

・・・

桂「その天皇好きということで武市さんは奇人あつかいにされているのですか。失礼ながら土佐も眠っていますな

竜馬「眠っちょりませぬ」

桂「ほほう」

竜馬「この坂本竜馬だけは、たったいま眼をさまされた。もっとも眼をさましてもなにも見えちょりませぬ。しかし、わしの眼もいずれ 見えるじゃろ」

桂「坂本さん」  

と、 桂小五郎 はいきなり竜馬の手をにぎっ た。小五郎は、十分に若いのだ。ふつふつとこみあげてくるものに堪えかねて、手がふるえた。

「やろう」

相州の山中の百姓家で竜馬と小五郎が手をにぎりあって、 「やろう」 と誓いあったのは、べつに何をやろうという目的があったわけ ではない。何かやるには時勢がまだ熟していなかっ たし、それに二人はまだあまりにも若すぎた。

僕はこのシーンがめちゃくちゃ好きだ。

早く僕たちも早く目を覚まさないといけない。

最近はいろんな経営者がこれを訴えていて少しずつ目を覚ましている人は多いんじゃないかと思う。

この時代のように、軍事で幕府を倒すということにはならないだろうが、民意で国を変えることはできる。

この国は、民主主義だから。ジョージアで政治家になりたいという同年代の人にあった。若い人の中にそんな人が増えて来て欲しい。

そして、若い力で日本を変えていきたい。

 

この時代に生まれたからこそ

『日本の困難に、坂本龍馬が何かの役に立ちはせぬかということだ。世に立つほどの男を自分の中に築くには、竜馬式のクラゲであってはならならぬと思っている。』

『しかし今の世に生まれて俺は猫になりたくない。やはり名の通り千里を行く竜馬になりたい。俺が千里の竜馬にならなければ日本はどうなる。』

 

日本の国民がみんな、龍馬のように、日本のために自分は何ができるのか。

『俺がやらないと誰がやるんだ』

そう考えれて、行動すれば、日本が劇的に変わると思う。

漠然と生きるのではく、なんのために生きるのかをもっと考えていきないといけない。

そのためには知識経験がいる。

とにかく、好奇心のままいろんな本や論文などを読みまくる。

また、いろんなことをやってみる。そして何年かやってみたいことをやりまくって、やるべきことがなんなのか、やっと見えてくるものだと思う。

海外では卒業してから、まだやりたいことがないから旅に出る人が多いのだという。そうやっていろんなことをやってみて、色々なことを経験して見えてくるものがたくさんあると思う。

親やおじいちゃんやおばあちゃんの言うことなんて、全部無視してやりたいようにやった方がいい。

親のために行くてる時間は自分のために生きてない。親のメンツのために生きている人が多いすぎる。それを押し付ける親も悪いがそれと戦わない子供も悪い。自分の人生だ。と行って家を飛び出せばいい。そっちの道の方が後悔は圧倒的に少ないと思う。

親のための人生じゃなくて、自分のための人生だから。そのほうがきっと親も嬉しい。

竜馬がゆく

自分は、このようなことを考えるいい機会になりました。小説が面白いのは人によって受けるイメージが大きく違うことです。

また、来年読み直すと違うことが得られるかもしれません。

人生を振り返る本として、とてもいい本ではないかと思います。

是非とも一度読んで見てください。

 

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